研究内容.

知識転移

CHUNK.

学んだことを別の場面でも使えるようにする——複利を蓄積する仕組みの研究。

誤りからの学習

CLOVER.

間違いの中にある情報を活かし、理解のズレを修正する仕組みの研究。

適応的学習環境

OCEAN.

一人ひとりに合った学びの道筋を設計し、複利の効果を最大化する研究。

設計知の共有

CCS.

学習支援の知見を分野を超えて再利用できる共通の枠組みの研究。

この研究室が目指すこと

「学んだことが、次の問題でも効くようにしたい」

数学で身につけた論理的思考をプログラミングに活かしたり、プログラミングで培った構造化思考を作文に応用したりしたこと、ありませんか? 一つの問題解決で得た「考え方」が、次の新しい問題にも利子のように効いていく。私たちはこれを 「問題解決の複利」 と呼んでいます。

個別の知識はすぐ古くなり、覚えた量だけでは早い段階で頭打ちになります。一方で、一度身につけた「考え方・学び方」は、分野や問題が変わっても効き続けます。長期的には、知識の量よりも、こうして積み上がっていく学び方のほうが大きな差につながる——その積み上がりを「複利」と呼び、研究の軸に据えています。

この複利が生じる条件を解明し、実際に動くシステムとして実現すること。それが私たちの研究目標です。

そのために私たちが用いるのが 「中間表現」 という考え方です。人の「考え方」や「学び方」は頭の中にあって直接は見えず、そのままではコンピュータが扱えません。ただ、そこには分野を超えた共通パターンがあります。そのパターンをコンピュータが処理できる形式で記述してこそ、「正しい知識」と「学習者の理解」を同じ枠組みで比較し、どこが・どのようにズレているか をシステムが特定できるようになります。逆に言えば、この中間表現がないと、システムは「正解か不正解か」しか見られず、つまずきの中身に踏み込めません。

4つの研究プロジェクト

CHUNK:学んだことを別の場面で使えるようにする

プログラミングで「forループ」を覚えても新しい問題では使えない。数学の公式を暗記しても応用問題が解けない。「覚えたはずなのに使えない」。これは多くの学習者が経験する壁であり、知識転移の問題です。学んだことが別の場面に持ち越せなければ、そもそも複利は「蓄積」されません。ここがつまずくと後続のどのプロジェクトも前提を欠いてしまうため、CHUNKではまず、複利を蓄積する仕組みそのものを扱います。

この壁を越えるために、知識を「何のために使うか(機能)」「どう動くか(振舞い)」「どう書くか(構造)」の3層で整理するアプローチを取っています。なぜ3層なのか。「覚えたのに使えない」のは、多くの場合「どう書くか(構造)」だけを暗記して、「何のために・どう動くか」が結びついていないからです。3層に分けて理解しておけば、書き方が違う別の問題でも「機能」や「振舞い」を手がかりに同じ考え方を当てはめられます。表面的な暗記ではなく「なぜそうなるか」を理解しながら学べる仕組みを開発することで、ある場面で学んだことが別の場面でも自然と使えるようになることを目指しています。代表的な取り組みとして、プログラムの「振舞い」を可視化しながら部品的な知識を段階的に積み上げる学習環境 Compogram があります。

CLOVER:間違いから効果的に学ぶ

従来のシステムは「正解・不正解」を判定するだけですが、間違いには「どこで理解が曖昧だったか」という貴重な情報が詰まっています。CHUNKで知識が積み上がっても、その土台にズレがあれば複利はズレたまま増えてしまう。だからこそ、間違いを単に消すのではなく「修正」する仕組みが要ります。

CLOVERプロジェクトでは、間違った答えを「もしこれが正しかったら何が起こるか」という形で可視化し、学習者自身が「あれ、思っていたのと違う」と気づけるようにします。直接「ここが間違い」と教えてもよさそうですが、教えられた正解は他人の言葉のままで、自分の理解のどこがズレていたかが腑に落ちにくい。自分で矛盾に気づいたときに初めて、理解は本人のものとして修正されます。そのため、 自分で気づく体験 を設計しています。中間表現を使うことで、「正解か不正解か」だけでなく 「理解のどの部分にズレがあるか」 まで特定し、そのズレに応じた気づきの体験を提供できます。代表的な取り組みとして、力学などで学習者の解答に基づいたシミュレーションを見せることで誤りへの気づきを促す EBS(Error-based Simulation) があります。

OCEAN:一人ひとりに最適な学びを設計する

「何から勉強すればいいか分からない」「今日はやる気が出ない」。情報があふれる現代では、学習者自身が迷子になりがちです。知識を積み上げ(CHUNK)、ズレを直せる(CLOVER)としても、その人にとって順番ややる気が合っていなければ、学びはそもそも続かず、複利が回り始める前に止まってしまいます。複利の効果を最大化するには、一人ひとりに合った学びの道筋が必要だ、というのが出発点です。

OCEANプロジェクトでは、学習者の「理解状態」「学習スタイル」「やる気」「目標」を統合的に把握し、その人に合った学習の進め方を提案する適応的学習環境を開発しています。理解度だけでなく「やる気」や「学習スタイル」まで見るのは、正しい順番を示しても本人が動けなければ学習は進まないためです。何を学ぶべきかと同じくらい、続けられるかが結果を左右します。代表的な取り組みとして、「めんどうくさい」という感情に着目した動機づけ支援フレームワーク CORAL や、「何を学ぶか」「どの教材を使うか」「何をするか」を整理した ARK モデルや、ARKを用いて包括的に推薦する教育エージェント WHALE があります。

CCS:学習支援の「設計知」を共有可能にする

「プログラミング教育」と「作文指導」で実は似たような思考スキルを扱っているのに、それぞれのシステムがバラバラに作られている。中間表現を共通の言葉として使えば共通パターンが見えるはずなのに、知見が共有されず車輪の再発明が起きています。私たちの研究の根本である「学んだことを別の場面でも効かせる」は、学習者だけでなく、支援システムをつくる側にも当てはまります。ある分野で効いた支援が他分野でも使えないなら、研究の知見そのものに複利が働いていないことになります。複利の仕組みそのものを形式化し、分野を超えて共有できるようにすること。それがCCSプロジェクトの狙いです。

異なる学習支援システムが扱う「思考スキル」を共通の言葉で記述する枠組みを開発しています。 あるシステムで効果的だった支援方法を、別のシステムでも使えるようにする のが目標です。こうしておけば、CHUNK・CLOVER・OCEANで得られた支援の工夫が一つの分野に閉じず、互いに行き来できるようになります。

研究のアプローチ

私たちの研究は、(1)ヒトの思考・学習を理解し、(2)中間表現を媒体としてそれを理論化し、(3)理論を「動くシステム」として構成・検証する、という流れで進めています。

この順番には理由があります。それぞれの段階が、前の段階の弱点を補うのです。ヒトの学習を理解するだけでは「そう思える」という解釈の域を出ず、理論にしても紙の上では正しく見えてしまいます。そこで中間表現で形式化し、さらに実際に動くシステムとして作ってみると、頭の中では曖昧なまま済ませていた部分が動かない・うまく機能しないという形で表面化します。つまり、システム開発は単なる「アプリ開発」ではありません。 システムが正しく動くこと自体が、理論の正しさの検証 になっています。逆に動かなければ、理論のどこかに穴があったということです。

一分野にとどまらず横断するのは、「人がどう学ぶか」という科学の問いと、「それを動く仕組みとしてどう作るか」という工学の問いが、片方だけでは閉じないためです。この「作ることによって理解する」アプローチのもと、人工知能・知識工学・学習分析・認知科学・教育心理学といった複数の分野を横断しながら研究を進めています。

研究室の方法論や価値観について詳しくは 研究室についてのページ をご覧ください。

謝辞

この研究プロジェクトの数々は、多くの同僚、学生、共同研究者との議論から生まれました。特に、師として導いてくださった以下の方々に深く感謝いたします:東本 崇仁氏、平嶋 宗氏、堀口 知也氏、緒方 広明氏、堀越 泉氏、Rwitajit Majumdar氏、H. Ulrich Hoppe氏、溝口 理一郎氏、赤倉 貴子氏。